僕が目を覚ましたのは、翌朝、救助隊の声を聴いたときだ。
「いたぞ!」「生きているか」「大丈夫そうだ」そんな声がはじめ遠くから聴こえた。
目を開くと、昨夜の激しい風雨はとうに止み、朝の光が木々の間から射し込んでいた。まもなく数人の人影が木の下に蹲る僕を取り囲んだ。
「竜、大丈夫か!」叔父の声がした。僕は首を縦に振って無事であることを伝えた。
「ごめんな、俺が一緒に来ればこんなことにはならなかったのに」島田さんの声だった。
「竜くん」身を起こした僕の肩に由美子が毛布を掛けてくれた。「会いたかった」僕は由美子にいった。それだけはどうしても彼女に伝えたかった。「わかってる」由美子が小声で囁いた。僕は黙って由美子を抱きしめた。
「心配したのよ、竜ちゃん。お父さんもこうして」お袋が不安そうな顔でいった。「それにしても良かった、無事で」親父がいった。親父と叔父とが仲良く心配そうな顔を並べているのは初めて見た。僕は由美子に抱きかかえられて立ち上がった。由美子が僕をジープのところまで連れて行ってくれた。
かおりさんがジープのところで待っていてくれた。「昨日無理にでも引き止めればよかった」とかおりさんはいった。
「帰りに道に迷ってしまって」僕はそういうのがやっとだった。僕はジープの後部座席に倒れこんだ。お袋がポットに入れた暖かい紅茶を飲ませてくれた。
だいぶ回復したところで、僕は器のことを叔父と救助隊の人に話した。
「ああ、車中のメモは皆で読んだ」叔父がいった。
土砂崩れの現場はここからそう遠くないこと、山を下りる前に器の無事をぜひ確認したいこと、そこまでの道は狭いがかなりしっかりしていたことなどを僕は話した。救援隊の人は、天候が回復していることでもあり、途中危険なところがあったら引き返すことを条件に、とりあえずそこまで行ってみましょうといってくれた。
昨夜とまったく違った光景に戸惑ったが、僕はなんとか土砂崩れの現場まで皆を案内することが出来た。僕が眠り込んでいたところからそう遠くはなかった。土砂の状況はほぼ昨夜のままだった。
僕は泥沼の中にあるアウディのタイヤの跡を辿り、布袋を置いたはず場所へ皆を連れて行った。手分けして辺りを探したが、なかなか袋は見つからなかった。諦めかけたとき、
「あったぞ、あれだ!」叔父が叫んだ。
叔父が指差す方向へ目をやると、見覚えのある袋が、谷の中腹の木の枝に引っかかっているのが見えた。若い救助隊の人が谷へ下り、木の枝から袋をはずして持ってきてくれた。叔父が、布袋からかおりさんの器の入った桐の箱を慎重に取り出した。汚れてはいるがどこも破損していないようだった。叔父が箱をそっと開く。紙に巻かれたクッション材がでてきた。それを丁寧に開くと、中の器はまったく無事だった。叔父の手の中で、透明がかった大振りな器が朝の光を受けて瑞々しい青色に染まった。上から覗き込むと、底の方に誰かの影がうっすらと映った。
しかし不思議なことに、袋に一緒に入っていたはずの僕の歪んだ花瓶の方は見つからなかった。衝撃でそのまま谷底に転げ落ちてしまったのだろうか。だがそれはたいした問題ではなかった。肝心の器が無事だったのだから。僕は安堵感と疲労から道端に座り込んでしまった。
(続く)