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■オリジナル作品:「あなたの中にあなたはいない」(目次

「あなたの中にあなたはいない」 第六回

 その日の午後、僕の携帯に電話を入れた人物が叔父のほかにもう一人いた。由美子だった。彼女は、今日の午後の授業のあと僕と話そうとしていたのだが、休講になったことを知って携帯に電話を入れたという。彼女は僕と仲直りするために電話を入れた訳ではなかった。週末に始まるガラス展の受付手伝いのスケジュールを、僕と相談したいということだったらしい。

 そもそも彼女との喧嘩の理由は次のようなことだった。豊屋の母屋は明治後期の建物だったが、去年の東日本大地震のあと、このあたりでも地震リスクの再アセスメントが始まって、その母屋も要改築ということになった。母屋を補強して基準をクリアするには、よほどきちんとした構造設計と施工のプロが必要になる。そのための金もばかにならない。億単位の金が必要になるとのことだった。そこで建て替えてしまったほうが手っ取り早いという意見がでて、僕もそれでもいいかなと考えた。そのことを由美子に話すと、彼女は取り壊しに反対した。老舗旅館に複合型自然発電エネルギー・システムを導入する計画を考えた当人としては当然だろう。

 結局、母屋は丁度登録有形文化財に申請したところでもあったし、お金は掛かるけれど残す方向で考えようと、親父は金の融資先を当り始めた。僕もお金が工面できればそうすることに吝かではなかったから、それで一件落着のはずだったが、由美子は僕が建て替えてもいいと考えたこと自体が許せないと言って、僕は、お前は部外者じゃないかと言い返して喧嘩になった。しかし、彼女はその後、喧嘩したことは忘れてしまったという。そもそも由美子が母屋を残すべきだといってくれたのは、ゼミの論文のせいばかりではなく、豊屋のことを思ってのことだったわけだから、お前は部外者だなどという方がどうかしている。彼女にはそれが分かっていたから、まったく気にしていなかったわけだ。

 由美子が電話した時刻は叔父より前のことで、お袋は居間にいなかったから気がつかなかったのだが、叔父と話したあと携帯の履歴に由美子からの電話が残っていたので、お袋はその番号を呼び出して彼女に事態を知らせてくれた。

 由美子はそのときまだ大学構内にいた。台風が上陸したことはキャンパスの食堂にあるTVのニュースで知ったところだった。彼女も初めは、事態をそれほど重大視してはいなかったらしい。だから彼女がギャラリーへ来たのは、お袋と親父が駆けつけた後のことだった。

 ギャラリーでは、皆がなんとかかおりさんと連絡を取ろうとしていた。島田さんが彼女のアパートの住所を探し出し、アパートの管理人に連絡が取れた。かおりさんはアパートには戻っていなかったが、管理人が親切な人で、台風の中、暗い夜道をかおりさんの工房まで車を走らせてくれた。それでようやく、僕が大分前に車で工房を出たことが確認された。そのまま帰ってくれば、もうとっくにギャラリーへ戻っていて良い時間だった。豊屋にも僕が帰っていないことが確認された。かおりさんは僕があの辺りの道に余り詳しくないこと、付近の山で土砂災害が出ているらしいことなどを叔父たちに知らせた。そのとき時刻はすでに夜の八時を回っていた。叔父たちは警察に連絡した。

 由美子は台風の進路をニュースで聞きながら、僕と同じように「天竜川を遡る竜巻に篠田竜が巻き込まれる」というイメージの連なりを感じたという。しかし彼女は、島田さんから槍ヶ岳で遭難したかおりさんの弟の名前が「亮(たすく)」だということを聴いて、かおりさんのガラス器を持った僕は、きっとその弟が助けてくれると思ったという。僕は弟の名前をかおりさんから聞いていなかったから、そんなことは何も考えなかったけれど。

(続く)
「あなたの中にあなたはいない」 第六回(2014年07月19日公開) |目次コメント(0)

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