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■オリジナル作品:「あなたの中にあなたはいない」(目次

「あなたの中にあなたはいない」 第三回

 この“わたしの中にわたしはいない”というテーマについて、僕はその日そのあと、いやというほど考えることになった。そしてとうとう最後になって、僕は“わたしの中にわたしはいない”というかおりさんの言葉の本当の意味を理解した。またもっと後になって、このテーマと由美子の勉強している流域思想との繋がりもみえてきた。しかしそれはまだまだ先のことだ。まずは、その日の出来事を順に話していくとしよう。

 かおりさんは椅子から立ち上がると、準備を整え、吹き竿を手に取った。釜で熱く熔かされた紅いガラス種を、吹き竿の先に巻き取った。そして吹き竿を中空に構えるようにして、少しずつ息を吹き込んだ。息を吹き込む作業は、一度で終わるわけではなかった。息を吹き込んではまたガラスを巻き取って形を整え、また息を吹き込むという作業が幾度も繰り返された。彼女は竿を操りながら、途中いろいろな道具を使って、ガラスに色や飾りを施していった。そのたびにガラスは変容していった。

 かおりさんの手によって、次第に形を成していくガラスの変容は、まるで不思議な魔法のようだった。僕は、冷えると固形化するガラスが飴のように変形するのを飽きずに眺めた。最後にかおりさんは、厚紙のようなもので竿の先にあるガラスを整形し、竿に近い部分にくくりを入れ、種切りばさみで竿からガラスを切り取った。そのあと作業台の上で底にすこし手を加えると、中ぶりの華麗な花瓶が一つ出来上がった。

 僕がぼんやり花瓶を眺めていると「自分でもおやりになってみない?」とかおりさんがいった。
「いいんですか?」
「どうぞ」かおりさんは僕を作業場に立たせ、着ていたシャツの上から作業用の舞掛けをかけてくれた。そして吹き竿を僕に手渡し、その先に釜のなかで熔けているガラスを巻きつけた。
「さあ、吹いてみて」
 僕は恐る恐る吹き竿に息を吹き込んだ。ガラスが次第に膨らんでいく。かおりさんの手を借りながら、息を吹き込んではまたガラスを巻き取って形を整え、また息を吹き込むという作業しばらく続けると、最後に彼女が厚紙でガラスを整形し、くくりを入れ、種切りばさみで竿からガラスを切り取ってくれた。そうして、僕が作ったすこし歪んだ小型の花瓶が出来上がった。

 作業台の椅子に戻ると、次にかおりさんは左側の部屋の棚から大振りの器を一つ持ってきて僕に見せた。「これは空シリーズの器の一つよ。器の底に透明な反射板を埋め込むのもここでやります」かおりさんはそういって僕の横の椅子に座った。
「どうやって底に埋め込むんですか?」
「まず薄いガラスの板に反射フィルムを貼り付けて、それをカッターで器の底の形に合わせて切り取るの。それからここで器の底と反射板が貼ってあるガラスを張り合わせるのだけれど、器の色や素材感と板ガラスのそれをマッチングさせないと不自然になって、このように自然なもの見えないの」かおりさんはそういって器を逆さにして光を当ててみせた。
「なるほど、別のガラスを貼り合わせてあるとは気付きませんね」
「器の温度も大切なポイントね。どの段階で板ガラスを合わせるか」

 最後に彼女は僕を研磨機のある部屋に連れていった。そこには、器とは違った様々なガラスの小さな造形が並んでいた。
「ここで作るのは器ではなくガラスのオブジェです。美術館やギャラリーの売店に置かせて貰っているのだけれど、この仕事は自由な造形が出来るから楽しいわ」かおりさんはそういって小さなガラスを研磨機の上において、エッジを細かい砂で研磨したり、別の機械でガラスの塊をカッターの上に載せて、小さな形に切り出してみせてくれたりした。

「工程を見学させていただいて、ガラス作りの面白さが分かってきました」見学が終わって作業台のところへ戻ると僕はそう彼女に言った。「自分で器を作るなんて思いもしませんでした」
「あなたは思いのほか器用ね。普通吹き竿で息を吹き込むとき、勢いが付きすぎるか息が入っていかないかどちらかなんだけれど、あなたは初めからちゃんと膨らんだでしょ」かおりさんはそういいながら、あたらしいお茶を淹れてくれた。それからギャラリーに貸し出してくれる貴重な器と、僕の歪んだ小さな花瓶とを別々にクッション材と新聞紙で包み、貴重な器の方はきちんとした桐の箱に入れて、両方を大きな手提げの布袋に入れてくれた。
「“わたしのなかにわたしはいない”という例のテーマですけれど」僕はお茶を飲みながら改めてかおりさんに尋ねた。「この作品ができた経緯となにか繋がりがあるのですか?」
 外の風はさっきよりも強まり、ブナの枝の立ち騒ぐ影が窓に踊っている。かおりさんはしばらく黙ってお茶を飲んでいた。そして僕を見ると「こんな話信じてもらえないかもしれないけれど」といって次のような話をした。

(続く)
「あなたの中にあなたはいない」 第三回(2014年07月18日公開) |目次コメント(0)

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