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■オリジナル作品:「太陽の飛沫」(目次

「太陽の飛沫」 最終回

 英二は暫く露台に佇んでいたが、やがて深呼吸をして石段を下りた。マリーとの会話の後味の悪さを胸に残したまま、再び屋敷の内へ入る。応接間へ戻ると中は前にも増して多くの客でごった返していた。

 部屋を見渡すと、左手の暖炉の上の壁に、二刀の短剣が、柄を下にして刀身が交差するような形で飾ってあるのが目に留まった。柄頭中央に赤い宝石が嵌め込まれ、彎曲した鍔の先にある剣身には金の装飾が施されている。人ごみを掻き分けるようにして側へ寄ると、刀身の下部に蛇の紋章が彫り込まれているのが見えた。英二はその紋章と同じものを、サウス・ハンプトンのベルニーニ氏の別荘で見たことを思い出した。別荘にあった紋章は剣ではなく刺繍の織物で、額縁に入って居間の壁に掛かっていた。短剣をさらに良く見ようと暖炉の方へ近づくと、
「おう、何処かで見た顔だな。儂が建てたこの屋敷は気に入ったかね」と横で声がした。見ると傍らにカルロス老人が立っていた。
「この通り今日はマリーの招待を受けてやって来た。男は惚れた女には弱いものさ。君の父さんに再会するのも楽しみだ」
「ここでお会いするとは思っていませんでした」英二は驚いていった。
「娘はミラノへ帰ったが君に宜しく言っておった。いろいろと下らぬ事を君に話したようだな」
「そんなことはありません」
「いや良いのだ」
「ソフィアには手紙を書く積もりです。あなたに忠告いただいたように、僕はこの国に残って、母の紐育出店を手伝うことに決めました」英二はさきほどマリーに話したと同じことを老人に告げた。

「それは良い考えだ。儂にできることがあれば言いなさい」カルロスはあっさりとそう云うと、「知り合いには不動産を扱う者もいれば店の内装デザイナーも居る。この屋敷を建てた建築家の事務所も儂が住むマンハッタンのアパートのすぐ側にある」と続けた。
「マリーは違う考えのようです」英二は苦々しい思いで先程のマリーとの会話を老人に伝えた。カルロスはそれには直接答えず、壁にある短剣のほうを指差して言った。
「今君が見ていたのはベルニーニ家に伝わる由緒のある短剣で、儂が米国へ来るときに父親から譲り受けたものだ。昔フィレンツェの工房で作製されたタゴーナ型のもので、刀身の下部にはベルニーニ家の紋章が彫り込まれている。この屋敷は儂がカリフォルニアから戻ったときに建てたものだ。まだ二十年も経っていない。ちょうど商売を拡げよう決意したこともあって、あの短剣を記念としてここに飾った。いやむしろこの応接間自体、あの短剣を飾るのに相応しいように設計したといったほうが当たっているかもしれん。だから、この屋敷をマリーに譲る際、儂は短剣もこの部屋へ残してゆくことにした」
「マリーがそれを外してしまったら?」
「そのままにしておくことを、譲渡契約に書き入れてある」
「マリーがこの屋敷を手放したら?」
「まあ、そのときはその時だ」
「サウス・ハンプトンには確か同じ紋様の刺繍織物がありました」
「良く気づいたな。あれはここには置いてゆかなかった。儂の言いたいことがわかるか。この短剣と同じように、何にでもそれに相応しい場所が在るということだ。それに較べれば、誰が何を所有しているかなどというのは些細なことだ。どうせ人は永遠に生き続けることなど出来ないのだ。マリーのいうことは気にするな。君の母親が優れたデザイナーならば、必ず紐育に店は出来るだろう」
 別の客に話しかけられたカルロスと別れると、英二は応接間からテラスへ出た。カルロスの話に心を動かされたものの、英二は妹のことが気に掛かったし、このような気持ちのまま峻介と再会するのはとても憂鬱だった。

 テラスから庭へ下り、木々の間を抜けて左手へ回る。すると、目の前にプールがあった。プールサイドには大きなテントが張られ、テーブルに数々の料理の皿が並べられていた。テントの中を覗くと、奥のラジオから日本人が歌うロカビリーが聴こえてきた。英二を見つけた日本人の一人が、「懐かしいですね、これ日本語の歌ですよ。そうそう、もう直ぐお父様がここへお着きになります。先程空港にいるご本人から電話がありました」と言った。いよいよ時が迫っていた。英二はプールサイドのデッキ・チェアに腰を下ろし、家内外で繰り広げられるパーティーの様子を索然とした想いで眺めた。

 首を締め付けるタイを緩め、シャツの一番上のボタンを外すと英二は空を仰いだ。水泳大会の日と変わらぬ青空が頭上に広がっている。太陽の方へ顔を向けると、眩い光が瞳を射た。太陽を見て、英二は再び翼を持つ蛇・ケツアコアトル神のことを思いだした。そして、コルテスが本物の神ではないとすると、本物のケツアコアトル神は一体どうしたというのだろう、という先程の疑問を思い浮かべた。

 そのとき英二は不思議な符合に思い至った。マリー・レンヌがフェルナンド・コルテスの末裔で、峻介は哀れなモンテスマ王。そして自分は……。英二は自分を、生命と豊饒を司る太陽の神・ケツアコアトルに重ね合わせた。

 「自分のやりたいことを実現してゆくにはお金も必要だから、その為にならマリーを上手く利用しても良い、とまで父は言ったのよ」というソフィアの声が耳に蘇った。さらにベルニーニ氏の「この国では強い者だけが勝ち残る」という台詞が思い返された。そして「母親が優れたデザイナーならば、必ず紐育に店は出来るだろう」という先程の言葉。

 ケツアコアトルはアステカを繁栄に導くために人々に栽培を教えた。人生の目標を達成する為には、無闇に敵と対立するのではなく、敵をも包み込むことなのだ、太陽のように。何を躊躇していたのだろうか。英二は自分の体の隅々にまで力が漲るのを感じた。そういうことだったのかと思った瞬間、笑いが込み上げてきた。

 英二はゆっくりと辺りを見回した。反対側のプールサイドに、こちらへ背を向けてマリーが立っている。マリーを上手く利用する為には、まず彼女に母親のデザインを気に入って貰はなければならない。それは、妹を守ることにもつながるに違いない。この秋、マリーと母親との打ち合わせをセットしよう。英二はデッキ・チェアから立ち上がり、そのことを話す為に、マリーの立っている場所へ静かに近づいて行った。

「太陽の飛沫」(完)
「太陽の飛沫」 最終回(2014年07月11日公開) |目次コメント(0)

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