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■オリジナル作品:「百花深処」(目次

「百花深処」 <平岡公威の冒険 15>

 平岡公威(ペンネーム三島由紀夫)に『美しい星』という小説がある。1962年(昭和37年)10月に新潮社から刊行された。この作品の終わり方が何かに似ていると考えたら、あることに思い至った。そのことについて書いてみたい。まずこの小説について、本のカバー裏表紙の紹介文を引用しよう。

(引用開始)

地球とは別の天体から飛来した宇宙人であるという意識に目覚めた一家を中心に、核兵器を持った人類の滅亡をめぐる現代的な不安を、SF的技法を駆使してアレゴリカルに描き、大きな反響を呼んだ作品。著者は、一家を自在に動かし、政治・文明・思想、そして人類までを著者の宇宙に引き込もうとする。著者の抱く人類に関する洞察と痛烈な現代批判充ちた異色の思想小説である。

(引用終了)

 この作品の眼目は、宇宙人であるという意識に目覚めた一家四人の当主大杉重一郎と、別の星から来たという羽黒一派の宇宙人たちとの「人類の運命」に関する論戦で、文庫の解説で評論家奥野健男氏はこれを、ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」の章に匹敵すると書いている。人類の滅亡を良しとする羽黒一派と、人類を守ろうとする大杉重一郎。そして小説は最後、大杉一家が人類を守るべく、迎えに来た宇宙船に乗り込むところで終わる。

(引用開始)

 ……ようやく四人は、丘の稜線に辿りついた。雑草に覆われた坂の半ばで、倒れて草に顔を伏せ、一雄に扶けられて夜露にしとどになった顔をあげた重一郎は、自分が第二の丘の上のひろい麦畑に達したのを知った。その丘のかなたには、更に湖中の島のように叢林に包まれた円丘があった。
「来ているわ! お父様、来ているわ!」
 と暁子が突然叫んだ。
 円丘の叢林に身を隠し、やや斜めに着陸している銀灰色の円盤が、息づくように、緑いろに、又あざやかな橙いろに、かわるがわるその下辺の光りの色を変えているのが眺められた。

(引用終了)
<同書 360−361ページ(フリガナ省略)>

この終わり方が何に似ているかをまず書こう。それは自決の年1970年(昭和45年)に完結した『豊饒の海』(全四巻)である。

 『美しい星』において、宇宙人であるという意識に目覚めた大杉家四人は、当主大杉重一郎が火星人、妻の伊余子は木星人、長男一雄が水星人、長女暁子は金星人という設定になっている。そして羽黒一派は白鳥座六十一番星あたりの未知の惑星から来たという。こういった荒唐無稽な話は、読者に初めから主人公たちが偽物であると思わせる。しかし、最後に丘の上に本当に円盤が現れ、そのことで読者は、主人公たちの出自が本物であったことを知る。

 『豊饒の海』では、第一巻『春の雪』の主人公松枝清顕が第二巻『奔馬』の飯沼勲に、飯沼勲が第三巻『暁の寺』のジン・ジャンに、そしてジン・ジャンが第四巻『天人五衰』の安永透に生まれ変わる。読者は(第四巻の透はちょっと怪しいが)これらの生まれ変わりを本物だろうと思いながら小説を読み進む。しかし第四巻の最後、清顕の友人本多繁邦(全巻の狂言回し)は、第一巻に登場した清顕の恋人綾倉聡子(現月修寺門跡)から、「えろう面白いお話やすけど、松枝さんという方は、存じませんな。その松枝さんのお相手のお方さんは、何やらお人違いでっしゃろ」と言われ驚愕する。

(引用開始)

「しかしもし、清顕君がはじめからいなかったとすれば」と本多は雲霧の中をさまよう心地がして、今ここで門跡と会っていることも半は夢のように思われてきて、あたかも漆の盆の上に吹きかけた息の曇りがみるみる消え去ってゆくように失われてゆく自分を呼びさまそうと思わず叫んだ。「それなら、勲もいなかったことになる。ジン・ジャンもいなかったことになる。……その上、ひょっとしたら、この私ですらも……」
 門跡の目ははじめてやや強く本多を見据えた。
「それも心々(こころごころ)ですさかい」

(引用終了)
<『天人五衰』(新潮文庫) 301−302ページ>

『美しい星』の「作品を読み進む間、主人公たちは偽物ように見えるが、最後に本物だと分かる」という仕組みを、ちょうど引っ繰り返した(作品を読み進む間、主人公たちは本物のように見えるが、最後に偽物だと分かる)のが『豊饒の海』なのである。この二つは、その「反転の仕組み」がとてもよく似ているのだ。

 『美しい星』が異星人というSF的フィクションであり、『豊饒の海』が生まれ変わりという仏教的フィクションであるところにも、二作品の類似性がある。仏教でいう「天人」は、SF的にいえば「異星人」である。合わせ鏡のような両作品。

 結末の明暗は、この間(1962年−1970年)に起こった様々な出来事が反映しているに違いない。<平岡公威の冒険 5>でも引用した、平岡の(死の年に書かれた)「私の中の二十五年」に、

(引用開始)

 二十五年間に希望を一つ一つ失って、もはや行き着く先が見えてしまったような今日では、その幾多の希望がいかに空疎で、いかに俗悪で、しかも希望に要したエネルギーがいかに厖大であったかに啞然とする。これだけのエネルギーを絶望に使っていたら、もう少しどうにかなっていたのではないか。

(引用終了)
<『蘭陵王』(新潮社) 329ページ>

という文章がある。<平岡公威の冒険 7>で、平岡の気持ちが時代から離れ始めた(希望を失い始めた)のは1964年(昭和39年)頃からではないかと書いたが、『美しい星』の出版は1962年(昭和37年)だから、当時平岡は日本に対してまだ幾らかの「希望」を抱いていた筈だ。それが結末の「明」に示されていると思われる。

 『豊饒の海』のラストの「暗」はどうか。<平岡公威の冒険 8>で引用した『三島由紀夫 幻の遺作を読む』の井上隆史氏によると、平岡は、『豊饒の海』のラストを「暗」=不条理にすることで、これまでの創作全体の世界を「無意味」の側に押しやり、その代わりに、自らの死を「意味」あることとしたのではないかと論じている。作品の結末と行動とは、はじめから合わせて一つになるような一対の計画として考えられたというわけだ。「希望を一つ一つ失って」いった果ての最後の大逆転。平岡の主観的には、確かにそうだったのかもしれない。小説の最後を「暗」=不条理に押しやることで、現実を「明」として救い出す。<平岡公威の冒険 13>で、平岡が辿った自決に至る道筋を、

「熱狂時代の先取り」(1950年代後半から)

「私生活上の行き詰まり」(1960年代を通して少しずつ)
「時間論の混乱」(1968年『太陽と鉄』執筆の頃)

「戦後日本の父性の不在」を強く意識(特に1960年代後半から)

「戦後日本の父性の不在」に対して覚醒を促す行動(1970年自決)
「三島由紀夫の解体」(1970年自決)

と書いたように、客観的にみれば話はもっと複雑だったのだけれど。

 さて冒頭、「あることに思い至った」と書いたのはここからだ。もし、『美しい星』のラストが「暗」だったらどうなっただろう。つまり、最後の丘に円盤は現れず、大杉一家が異星人であるというのはそもそも彼らの妄想だったという結末だったとしたら。そうすれば、すなわち小説の最後を「暗」=不条理に押しやれば、彼は(主観の中で)現実を「明」として救い出すことができたのではないだろうか。

 「私の中の二十五年」に即していえば、その後のエネルギーを「絶望に使う」ということである。『美しい星』の文庫の帯表紙に「放射能に怯える日本をミシマは予見していた!」とあるが、日本が放射能に怯えることを前提に、現実を生き延びることができたのではあるまいか。「日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、裕福な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう」(「私の中の二十五年」)ことを前提にして、自決とは違う、もっと別な現実対応を思いついたのではあるまいか。たとえば、<平岡公威の冒険 13>で書いたようなポルトガル行きなど。平岡は、『美しい星』ラストを「明」にしたことで、その後もしばらく(あとで空疎と分かる)「希望」を引き継いでいってしまったのではなかったか。

 たしかに「読み進む間、主人公は偽物(的)で、最後にやはり偽物と判明」というのでは小説として捻りが足りなすぎるかもしれない。しかし、もともと「人類の運命」に関する論戦が小説の眼目であるし、最後がブラックユーモア的に終われば終わったで、読者は納得しただろう。奥野は本の解説の最後に、“「美しい星」は、日本における画期的なディスカッション小説であり、人類の運命を洞察した思想小説であり、世界の現代文学の最前列に位置する傑作である。”(同書370ページ)と書いている。もしこの小説が「暗」=不条理のラストを持っていたら、むしろその不条理さが現代的だということで、2017年(平成29年)の今ともっと直結した作品になったかもしれない。
「百花深処」 <平岡公威の冒険 15>(2017年01月21日公開) |目次コメント(0)

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